震災関連

2022年6月17日 (金)

閖上マリンキッチンとアクアイグニス仙台

仙台市若林区藤塚地区に新しくできたアクアイグニス仙台に行ってみました。

が、レストランなどはどこも混んでると予想して、川を挟んで向かい側の閖上のイトーの中にある閖上マリンキッチンで先にお昼を食べることに。

海鮮天丼を頼んだのですが、ものすごい盛り!!

Img_2297

見えているだけでもキスやエビ、エノキ、マイタケ、しそ、サツマイモなどがありますが、この下にもイカやナスなどどっさり。

オーダーしたものはたいてい無理をしてでも残さない私でも、これは無理だった~!天ぷらはカラッと揚がっていておいしかったのですが、食べきれませんでした。サービスよすぎ!

さて、アクアイグニス仙台は津波の被害の大きかった藤塚地区にできた、入浴施設やレストラン、カフェ、販売店などの複合施設です。

Img_2302

どのお店も有名なシェフやパティシエの手によるものらしいのですが、私はあまり詳しくありません(^_^;)

カフェやスイーツ店、パン屋などは大行列でした。

Img_2301

Img_2300

Img_2299

Img_2298

結構並んで焼き菓子やパン、マルシェで野菜などを買いました。もっと近くにあったらマメに通いたいんだけどなぁ。

ただ、1年や2年経っても今と同じくらい人が来てくれるかな?という疑問は少しあります。

川の向かいにある閖上のかわまちてらすは人出が変わらずあるので、こちらにも足を伸ばす人は多いかもしれません。

個人的には、震災前にこの地区にあった家々や、津波の被害の様子などを展示するコーナーも作って欲しかったなと思います。

何も知らない人がここを見ても、その歴史を学べないのはもったいないなと思うので。

私はもう少し落ち着いた頃に、食事もしに行ってみたいなと思います。

2022年3月25日 (金)

蒲生の日和山・2007年と2022年

前回の記事のJRフルーツパークに行く前に、久しぶりに蒲生の海岸に行ってみました。

津波の被害に遭った海沿いは全てそうですが、ここも高い防潮堤ができあがっていました!

Img_1894

防潮堤の上から南側を見たところ。

Img_1895

沖には船が。

Img_1897

干潟も少しは残っているのかな。

Img_1898

防潮堤から見える日和山!

Img_1901

こんなだったかなぁ…。周りの状況が変わりすぎて。

Img_1899

中野小学校の跡地にある、伝承の丘にも行きました。

Img_1904

慰霊碑に上る階段の途中に、津波到達水位が刻んであります。

Img_1905

こんなにたくさんの住宅があり、人の生活があったのですね。

Img_1906

さて家に帰ってから、昔行ったときに写真を撮って当時のブログに載せたなぁと思い、探してみるとありました。

2007年の6月、今から15年前に行っていました。

今と違って草が茂っているし、階段も多い。看板の字は同じように見えますが、板は違いますね。

20190903164407

20190903164426

この時も沖に船がいました。干潟で遊ぶ人がいて、葦が茂っています。

20190903164503

そして津波警戒区域の看板。この頃の私は、宮城の海は防波堤を超えないと見えない場所が多いことが不満でした。津波の恐ろしさを知らない無知な考えです。

20190903164523

この4年後に東日本大震災は起きました。

 

2022年3月11日 (金)

東日本大震災から11年

今年も3月11日がやってきました。11年前と同じ金曜日ですね。

あの日は友達と飲みに行く約束をしていて、その前に寄りたいところがあったのでそろそろ準備しようかと思っていたところでした。

うちではグラッときた次の瞬間に電気が消えたので、何が何だかわからず、当時のガラケーは緊急速報も鳴らない機種だったのでただオロオロするばかりでした。

ヒーターが消えたので寒くて寒くて、夜はコートを着たままベッドに入ったけど布団が氷のように冷たくて全然暖まりませんでした。

今日は暖かかったですね。これぐらいだったら低体温症で亡くなる人が少しは減っていたかな。

写真はおかえりモネの舞台になった気仙沼の漁港と大島。

Img_1679

Img_1680

Img_1688_20220311175101

Img_1691

いつまでもこの美しい景色が変わりませんように。

モネが気仙沼を舞台にしてくれて本当によかったと思います。暖かくなったらまた行こう。

コロナに戦争にと心が穏やかになれない日が続きますが、少しでもきれいなものを見て好きな音楽を聴いて落ち着きましょう。

 

2021年3月11日 (木)

東日本大震災から10年

今日で東日本大震災から10年経ちました。

あの日のことはすべて昨日のことのように思い出せるので、大切なものをなくした方はもっとそうでしょうね。

今年は10年ということもあってか、当時の映像がばんばんテレビで流れているので、精神的にちょっと参りました。

これからも自分にできることで、静かに応援していければと思います。

写真は旧野蒜駅の裏にある復興祈念公園です。

Img_0312

上皇后陛下が詠まれた歌の碑がありました。

Img_0311

『野蒜とふ 愛しき地名あるを知る 被災地なるを深く覚えむ』

Img_0308

ちょうど今、ノビルが育ってくる季節ですね。

旧野蒜駅は震災復興伝承館になっています。お近くへお越しの際は訪ねてみてください。

 

2020年3月11日 (水)

東日本大震災から9年

今日で東日本大震災から9年経ちました。

今年はコロナウィルスの影響で各地の式典は行われず、私もどこにも出かけずに自宅で静かに過ごしました。

海岸沿いの被災地では、各地で嵩上げ工事が行われて新しい道の駅や産直など観光客が立ち寄りやすい施設が増え、鉄道も再開するなど見た目の復興は確実に進んでいるように思います。そこに住む人、大切な人や物を失った人の気持ちの復興の方がこれからもっと長い時間がかかることかもしれませんね。

私もこの1年、気仙沼や閖上や山元などあちこちに行きましたが、どこもおいしいものがいっぱいで、いろいろ買いすぎてしまうほどです。これからも微力ながら経済を回すお手伝いができればと思っています。

写真は昨年の11月に開通した東部復興道路です。仙台市の蒲生から名取市の閖上まで、海沿いの県道に沿って6メートル嵩上げして堤防機能を持たせました。

Img_9623

Img_9625

震災遺構になっている仙台市旧荒浜小学校の横も通ります。

Img_9626

何もなかったところによくこれだけ盛り土をしたな!と驚く高さと距離です。見晴らしが良くて信号も少ないので便利になったかも。

ただ、これがあるからといって大きな地震の後の津波の心配が無くなるわけではないので、揺れたら内陸へ避難という基本は忘れないようにしなければ。